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マスターの部屋

MUSIC and LIVE Bar-LAYLAの マスターが日々の雑感を痛烈に 綴った日記!!!

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本日、1月9日付けの京都新聞だが、「凡語」と「社説」はひどい内容だった。
ともに東京都の2020年夏期五輪誘致に関するものだが、少々ゲンナリした。

まずは「凡語」…

~今なぜ東京なのか~ではじまる。さらに~東京誘致について猪瀬直樹知事は「復興に向けて
大きな目標になる」と意義を強調した。ならば、なぜ被災地ではなく東京なのか。~とある。

これが一つ目のゲンナリ…
めざす大会は7年後だ。復興最中の被災地でオリンピックをやれというのか?
前回の東京五輪は1964年。今回のように、また50年後に被災地から手を挙げようというなら
まだマトモだが。


後半には~「東京が日本を支える」という猪瀬知事の年頭あいさつには、疲弊する地方を置き去り
に、すべてが集中する「東京」の思い上がりがないか。「上から目線」では招致の決め手となる国
民の支持はひきだせまい。~とある。

これが2番目のゲンナリ…

みなさん、東京都が思い上がりでこんなことをやっていると思いますか?
僕にはとても思えない。ナント貧相で卑屈な発想だろうか。

東京は日本の首都であり、首都にすべてが集中するのは当たり前のことだ。
災害の教訓から最近では首都機能の分散化も検討されているが、それは「東京の思い上
がり」を制するためなどではないはずだ。
猪瀬知事の発言は、むしろ首都を預かる身としての覚悟と責任感からではないだろうか。


最後の一行は…~お手並み拝見といこう。~とあるが、これにはアッタマにきた!

東京五輪と首都の名をつけるのは、クーベルタン男爵が始めた慣習である。
オリンピックは間違いなく国をあげて行う事業であり、本来は「日本五輪」なのである。
散々くさしておきながら、最後は対岸の火事のごとく「お手並み拝見といこう」とは
よほど「上から目線」ではないか。まったく無責任極まりない記事である。


img070.jpg



「社説」も更に輪をかける。

~招致スローガンの「今、ニッポンにこの夢の力が必要だ」は抽象的すぎて胸に響かない。~
とあるが、スローガンというものはもともと抽象的なものだ。
ここまでくると、こりゃもうイチャモンの部類だ。

さらに…~東北地方を縦断する聖火リレーやサッカーの1次リーグを宮城県で実施するぐらい
しかない。~とくさす。
何を言うか!現時点で実行可能なベストなアイデアではないか。
東北の人たちをどれだけ勇気づけることだろうか、その効果は計り知れない。


社説は~五輪を招致する意義について招致委や政府は説明を尽くす必要がある~と結ぶが、
そんなこと4年前から既にやってるじゃないか。
国民の方にも知ろうとする意志が必要でありそれを言うならマスコミにも責任があるはずである。


僕は30数年京都新聞の愛読者であるが、こんなポンスケな記事にはあまりお目にかかったこと
がない。大いに腹が立ちまた残念でもある。


最後に、僕は東京五輪の招致大賛成である。
64年の開催実績があり、都市基盤と高い運営能力もある。国立競技場等その時の遺産を改修し
活用もできる。
さすがは東京だなぁと感心するが、開催に必要な予算はすでに4千億円が基金として積み立て
られている。新たな税負担は無い。国などよりはるかに戦略的でリアリティとスピード感がある。
有能な人たちが動いている証である。

招致委員会は経済効果3兆円と控えめに公表しているが、そんなもんではないだろうと思う。
この秋に開催地が決まるそうだが、向こう7年間にわたって開催地の看板を挙げることができる
わけで、観光客のみならず世界会議の開催も誘致できるだろう。ロンドンも北京もそうだったように
世界中の注目が集まるわけで、しいては被災地復興に向けても大きな後押しになるはずである。
だからこそ各国が目の色を変えて立候補するのである。
トルコのイスタンブール、スペインのマドリードとともに東京が最終選考にのこったことは
スゴイことじゃないか。
京都新聞もそしてわれわれ国民も、素直に評価するべきだと思う。



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